令和元年


今上陛下のご即位 、令和元年の幕開け、誠におめでとうございます。

そして、30年の長期にわたり、日本国および日本人の象徴、中心的存在として、国民の安寧と幸せをお祈りくださった上皇陛下にへ、中心より感謝の思いを捧げます。

現行法下では想定されていなかった光格天皇以来のご譲位ということで、当初はどうなることかと心配をしておりました。

しかし、ご譲位に向けた環境が整うとともに祝福ムードが高まるにつれて、心にかかっていた靄は去り、さらに令和元年を迎えた朝方の報道を受けて、ご譲位で良かったという思いがふつふつと湧き上がるようになりました。

そのような思いに至った理由は、3つあります。

一つ目、昭和から平成の移り変わりの契機が昭和天皇の崩御であったことに対して、今回は上皇陛下がご壮健であらせられる中での、今上陛下のご即位であったこと。崩御となるとどうしても自粛ムードの中で新時代を迎えざるをえません。その点、このたびは、あちこちで様々なイベントが催され、祝福ムードと新しい次代への期待感でもって、新しい令和の時代の幕開けとなりました。

二つ目、日本人が日本のことを見つめ直すよい機会となったこと。祝福ムードの中だからこそと思います。上皇陛下のお言葉を受けてご譲位に向けた準備が進む中、 多くの日本人が当事者意識をもって、皇室と元号、ひいては日本の国柄について少なからず何かしら考えたり感じたりする機会になったのではないかと思います。令和という元号の由来が、はじめて、日本の古典、万葉集であったということも大きかったでしょう。万葉集の関連書籍の売上が大きく伸びたり、ゆかりの地である太宰府天満宮を訪う人が増えたりなど、日本の心を辿る人が増えたようです。

三つ目、これは私事ですが、光格天皇の故事を通し、今上陛下の無私の想いの一端にふれることができたこと。日本政策研究センターの『明日への選択』(平成30年12月号)での掲載記事『光格天皇と今上陛下』において、今上陛下が光格天皇の名を挙げて「どのような譲位だったか多くの人に知ってもらいたい」と述べられている事実とその背景について、勝岡寛次氏より紹介がありました。

記事を要約しますと・・・光格天皇は女帝の後桜町天皇の譲位によりご即位されました。光格天皇は、閑院宮家の傍系出身で幼帝ということもあって、ご即位当初ご苦労されたようです。そういった中で、天皇を常に力強く支えたのが後桜町上皇でした。天皇から上皇に宛てた宸翰(天皇直筆の書)には次のようにありました。「仰せの通り、何分自身をあとにし、天下万民を先とし、仁恵・誠仁の心、朝夕昼夜に忘却せざる時は、神も仏も御加護を垂れ給う事、誠に鏡に掛けて影を見るが如くに候」

宸翰には何度も「仰せの通り」とあり、後桜町院のみ教えに忠実たらんとしていた様が窺えます。そして、光格天皇はご譲位後、後桜町院同様に若い仁孝天皇を支え続けていたそうです。(200年前の出来事ではありますが、)これら一連のご事績を念頭に、このたびの上皇陛下のご発言を読み解くと、『ご譲位』とは単に「二重権威」の問題などではなく、天皇は「無私」たるべしとのみ教えを、如何に次代に繋いでいくかの問題なのである。

との記事の内容に大変感銘を受けました。

令和元年誠におめでとうございます。

日本国万歳!天皇陛下万歳!

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