歯磨き道

私は小学校の折に歯の矯正治療を受けた。
犬歯2本が生え変わらずに門歯2本の根っこを侵食していたようで、やっていなければ今頃前歯はなくなっていたのかもしれない。複雑な手術と長期にわたる治療ということで親にも金銭的負担を大きくかけてしまったなと申し訳なく思ったものだ。

さて、そういうこともあって歯を大切にしようという思いは人一倍強いような気がする。中学校の寮生仲間は知っているはずだが、かつては20分くらいかけて磨いていた。いまでも定期的にクリーニングに行き、日々の歯磨きでは効率よく綺麗にする方法を常に思案中である。

音波歯ブラシ等いろいろと試してきたが、最後は普通の歯ブラシとフロスに落ち着いてしまった。音波歯ブラシはよく歯垢が落ちるのだが、落ちるがゆえに油断が生じてしまうように思う。自分でも信じがたいが、油断のために奥歯の溝に虫歯を作ってしまった。痛恨の極み。
それから音波歯ブラシと従来の歯ブラシを併用するようになって、だったら最初から従来の歯ブラシだけでいいじゃないかといまの歯磨きスタイルに至るのである。歯ブラシもいろいろと変遷があって、かつては一般的な市販品を使っていた。しかし矯正治療をはじめてから、歯医者のすすめでヘッドが小さく毛も微細なものを使うようになった。たしかデントEXシステマ44Mとかそのあたりだったように思う。歯科用のため昔はいきつけの歯医者でしか手に入らなかった。その後も何種類か浮気を繰り返しながら、ついに市販品でこれは!というものを見つけた。デンターシステマ A41である。リンク先のレビューをいましがた読んでびっくりしたが、まったく同じことを考える人がいるではないか。44Mに負けるとも劣らない性能、さらには市販品ときた。この歯ブラシを使うようになってから、歯と歯茎の間がよく磨けるようになったと感じる。歯周病のチェックをすれば、かつては3-4mmのポケットがあったが、いまでは2mmになった。快哉。

さて、フロスとの出会いについても触れておこう。私が子供の頃、糸ようじなどは歯医者でなければ手に入れられなかったし、まわりで使っている人もまずいなかったように思う。使ってみるとその効果の大きさに感心させられる反面、手を口の中に入れて糸ようじを通す作業が大変煩雑なので自然と出番は限られてくる。持ち手のついた使い捨て糸ようじも販売されるようになってはいるが、それでは奥歯の間はどうするのだ!とメーカーに問い合わせたくなる。そこでなにか他に良いものはないかとネットサーフィンをしていたところ、ネット通販でフロスというものに出会った。たしか大学生の頃だったと思う。このフロスとの出会いが私の歯磨きライフを大きく変えた。どう変わるかはみなさんも使ってみて追体験していただきたい。フロスのない歯磨き生活はもはや考えられない、そう思う日がくるはずだ。ちなみにこのフロスタイプ、ドラッグストアには置いていないのである・・・

最近の勉強会について

書くネタがないわけではないのですが、お酒を飲んで家に帰るとそういう気力も湧くこともなく、気が付くとベッドの中でまどろんでしまっているのです。

さて、先週はいろいろとイベントづくしでした。
参議院議員宇都隆史先生による時局講演会、明推協主催による大学生との意見交換会、公民館総会に中谷元先生による集団的自衛権についての研修会、古事記勉強会。

集団的自衛権について勉強会が続いているこのごろですが、どうせやるならもう少し早めにやって市町村で関連意見書があちこちでるような事態は避けるようにすればよかったのにと今更ながらに思うわけです。しかし渦中にいるときというものは往々にして自分がどのような環境に置かれているのか捉え難く、周辺のこととなれば尚更感知し難いものです。6月定例会、閣議決定を経てしばらくたった今だからこそ、振り返ってそのように総括できるのかもしれません。

さて、この集団的自衛権行使についての解釈変更(解釈改憲ではない)のお話は、勉強すればするほどその必要性・重要性を痛感せざるを得ないわけです。平和平和と叫んでいれば戦争が起きないわけではなくて、病気にならないように病気のことを勉強して予防措置をとらねばならないように、軍事についての知識をはじめとして戦争についてよくよく勉強し、その上で必要な抑止措置を講じることが必要なわけです。

安全保障の分野において軍事力が最も効果的な抑止力として働くわけですが、さらにそこから通常戦力と核戦力に大別され、そのどちらも不可欠な抑止力の構成要素であります。

核が抑止力として十分な力を発揮することはいちいち説明の必要はないだろうと思います。通常戦力とは、前方展開能力のことであり、戦術的に見れば主として空母を伴う航空攻撃戦力と高い機動力を有する海兵隊戦力のことです。

これらが有効に発揮されるためには、これらの抑止力が有効に発揮されることを相手が合理的に判断できる能力を持っていることが求められます。その意味において内圧や外圧によって国家運営が危機的状況に陥った場合には、抑止力が有効に機能しない場合がある・・・日本近隣には潜在性をもった国がいくつか見当たりますから殊更心配ですね。そしてもうひとつは、その抑止力が有効な打撃力を有し、なおかつ強靭な生き残り性を有していることです。核ミサイル基地の地中化などは生き残り性の強化に当たりますかね。

さて、このような観点で日本の自衛隊が抑止力を有しているのか問われれば、みなさんお分かりの通りノーなのでございます。自衛隊は自衛のための必要最小限度の備えであり他国の基地を攻撃するなど全く想定されていないのであります。ということは、他の何かが日本の抑止力を担っているわけで、それこそ皆さんご存知の通り日米安全保障条約に基づくアメリカによる核の傘と米軍なわけです。

私達は抑止力が一方的に提供されていることからあまりその重要性について意識することはないのですが、しかしよくよく日本の軍備の変遷について振り返ってみると、世界情勢の変化とそれに伴うアメリカ防衛大綱の見直しが行われれば、それ相当の変化が自衛隊軍備もたらされていることが見て取れるわけであります。特に、最近のアメリカの国力の低下やオバマ大統領の「世界の警察やめます」発言などを受けて、日本としても一定、アメリカ由来の抑止力の低下分を補填する必要がでてきているわけであります。

さてそういうことで見直しが行われました集団的自衛権行使についての9条解釈変更ですが、あわせて徴兵制などのお話が出ていますので、それがいかに荒唐無稽なお話であるかについても宇土先生のお話を参考に解説を加えたいと思います。

まずそもそも軍事の分野も日進月歩であって、それなりの技術と知識がないと今日日自衛隊員として役に立たないとのことでした。それはそうですよね、兵器も進化するしIT技術などもいろいろと取り入れられていますから・・・だいたい3,4年訓練しないと使い物にならないそうです。

次に一定の年齢層が徴兵されるとして、その人件費はどのように賄うのかという財源問題があります。いまでさえ予算不足で定足数満たしていないのに・・・

さて、最後に申しておったことは憲法上の制約。憲法18条に「誰も自分の意志に反する苦役に従事することを強要されない」、とあってこれによって徴兵制はダメですよというのがいまの政府解釈だそうです。おおよそ司法判断に持ち込んでも同様の結論を得るでしょう。この条文の由来は、アメリカ合衆国憲法の追加条文だそうです・・・

というわけで徴兵制はありえないのですが、徴兵制ないと言っても国民国家において国家間戦争が起きれば総力戦になるのは当たり前のことなので、否応なく戦火に巻き込まれることは想像に難くありません。そういう最悪の事態が起きないようにということでいま抑止力の議論がされているわけですね。

また次回記事を書く機運に恵まれた際には古事記勉強会で得た雑学についてご披露申し上げたいと思います。

6月定例会

平成26年度6月定例会。始まったのは約一週間ほど前なのですが、遅筆ゆえに今日までかかってしまいました。

様々な議案の中でも世間一般に注目を集めているのが県交通・土電の問題。

個人的に関心を寄せているのが国土強靭化基本法に基づく国土強靭化地域計画の策定について。全国に先駆けて本県がモデル地域に選定されたとのことで、その責任の重さから身の引き締まる思いです。

東日本大震災を契機として産声をあげた本法ゆえに、また「防災・減災に資する」と冠がついているために災害への備えに主眼がおかれがちです。私としては「強くしなやかな国土づくり」のフレーズを通して本法の最終目的地を見るように心がけたほうが良いように思います。

強くしなやか…という言葉からは、日本の国土やそこに住む人々、文化が多様性を保ち、環境と調和し、均衡のとれた発展をしている姿を想像させられます。本法の生みの親でもある京都大学の藤井聡先生はリダンダンシーという言葉を使っていました。この言葉の通り、日本が様々な外的・内的ストレスにさらされ、時にある部分が機能不全に陥ったとしても、しなやかさゆえに他の部位が代替機能を果たすことができるような国土や行政や社会のシステムを作らなくてはならないのだろうと思います。

というのは通り一遍のお話で、本法のポイントは

  • 国土総合開発法・国土形成計画法の後継
  • 公共投資による景気対策(ケインズ理論)
  • 都市から地方への富の再分配
  • 事前防災・減災対策

と考えます。ようするに小泉改革からの政策転換。小泉政権においては、小さな政府、無駄をなくす、改革といったフレーズのもと、様々な行財政改革が推し進められました。これらを通底するものは経済的合理性を追求する考え方であって、経済的にペイしない施策は問答無用に切り捨てられてしまうという負の側面も持ち合わせていました。

人口が少なくさらに家々が点在する地方などは、経済的合理性の網にかかるはずもありません。
公共投資が減れば地方の域内キャッシュ・フローは減少し、景気も低迷、雇用の受け皿を失い、若者は仕事を求め都市へ流れて、地域の経済のパイはますます縮小するという負の循環に陥りました。

このような状態を打開するべく、かつて日本が行っていた都市から地方への再配分機能を復活させ、その分配でもって、新しい国土軸を定め、地方拠点都市の整備を行うことで地方の活性化につなげること、さらには大規模災害に粘り強いものにしなければならない。老朽化したインフラの更新や長寿命化なども合わせて行うこと、これが国土強靭化基本法の目指すところと理解しております。これからの日本の国土の形、地方の趨勢を決めるものですから、ただ惰性で計画を作って予算を取ってくればよいというものではありません。県版、市町村版ともに、これからの高知と日本のあるべき姿を念頭に置いて、精魂込めて作られなければなりません。

古事記勉強会

ここ数日のうちに「ブログ拝見しています」とのありがたいコメントを何人からか戴いたので、私の中のブログ執筆ポイントが執筆条件を満たした次第です。

今日もいろいろありました。MOAの月例会にお邪魔をしたり、自民党青年部局の全国一斉街頭演説に参加をいたしました。その後には高知大神宮で行われた古事記勉強会、三翆園での第2護衛隊群、護衛艦「くらま」の歓迎レセプション。

中でも古事記勉強会、日本教育者連盟の代田先生のお話はいつも勉強になる。余裕のある口調、豊富な話題、その背景にはすさまじい努力とそれによって裏付けれた膨大な知識の引き出しが控えているのだろうと思う。

今日の古事記勉強会のお話は、須佐之男が天照大御神に事情説明をするために天界に昇った時のお話でした。天照大御神は須佐之男が何かよからぬ事情で天界に来るのだろうと考え警戒をします。須佐之男は邪(よこしま)な心は無いとして、天照大御神の証明せよとの言葉を受けて、誓(うけひ)をして子をうむことを提案しました。

天の安河を挟んだ二神が、それぞれ相手の身につけているものを噛んで吹き出した息から子が生まれます。須佐之男の身につけていたものから、天照大御神が生み出されたのは3人の女神。天照大御神の身につけていたものから、須佐之男が生み出されたのは5人の男神です。須佐之男はこの結果をもって「私の心が清らかであるから女神が生まれたのだ」と言います。ちなみにここで生まれた5柱の男神のうち、マサカアカツカチハヤビアメノオシホミミと呼ばれる神がはじめて肉体をもった神であり、その子が天孫降臨で有名なニニギノミコトとのことです。

勝ち誇った須佐之男は天界で大暴れを始めます。天照大御神の耕す田の畦を壊し、その溝を埋めて、新穀を召し上がる御殿に屎を撒き散らします。天照大御神はその傍若無人な振る舞いに対して咎めず、「屎のようなものは酒に酔って吐き散らしのでしょう。また、田の畔を壊し溝を埋めたのは土地をもったいないと思ったのでしょう」と良いように言います。

この寛容の姿勢について補足すると、日本人には水に流すという言葉がありますように、どこかの国のように誰かが過ちを犯したことを1000年と咎めることはありません。それは日本人が人間は本質的には善性を帯びていると考えたからです。例えば、罪という言葉は「つつみ」が縮まったものであり、やまと言葉的解釈では人間の本来の善性が覆われ(包まれ)てしまった状態を指すのだとしています。だからこの状態を正すために禊ぎという儀式が存在し、包んでいるものを濯ぐ(雪ぐ)、あるいは削ぐことによって清らかな善性が現れると古代日本人は考えたのです。なるほどねと納得できるお話です、いまでもそういう考え方は息づいていますからね。古事記のこの一節には、古代日本人から続く、相手の善性を信じる姿勢というものが表れているわけです。

もう一点、天照大御神の田の話が出たので日本人の仕事観についても補足をします。よく言われている話ですが、キリスト教圏にいる人々にとって労働とは罰であり、それはエデンの園のアダムとイブが禁忌を犯してしまったゆえに課されたのだと言われています。なので彼らはホリデーを必要とします。一方日本人にとって労働とは、勤労という言葉があるように奨励されるべき行為です。さきほどの一節にもありましたように、天照大御神ご自身が営まれている田があって、神であろうと人であろうと等しく労働に勤しむことが良いことであるとされています。このような考え方を古代から営々と守り体現されている宮家では、天皇陛下ご自身が田植え、稲刈り等を行われていらっしゃいます。これまた余談ですが、明治4年に昭憲皇太后が始められたご養蚕は、今日美智子皇后も脈々と受け継がれていらっします。ここで細々と飼育されていた古代種の「小石丸」の絹糸が、正倉院所蔵の宝物を復元するにあたり欠かすことができなかったという逸話が残されています。

さてお話を元に戻します。須佐之男の悪さはエスカレートしていきます。天照大御神の機織り場で神様の御衣服を織らせているところに、須佐之男はその機屋の屋根に穴を開け、天の斑馬の皮を逆さに剥ぎ取って落とし入れます。すると天の機織女(あめのはたおりめ)はこれを見て驚き、梭(ひ)で陰部を刺して死んでしまいます。

機織りとは経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を組合せて布を織り上げることを言います。ここから転じて、ものごとのいきさつのことを経緯と表します。仏教において経論という言葉がありますが、これは世の中の縦(経)の流れ、理について明らかにするという意味を持ちます。含蓄のあるお話ですね。天の斑馬(フチコマ)とは、斑目模様の馬のこと。馬は速く走ることから時の流れや、進み方を意味する言葉として使われることがあって、斑目が過去と未来(黒と白)と解すれば天の斑馬とは時間の概念ということになります。皮を逆さに剥ぎ取って落とし入れるとはつまり時間が遡る状態、あるいは止まっている状態、めちゃくちゃな状態を指すのだろうということです。いろんな解釈があるようですから、個々納得のいく解釈を探せば良いのだろうと思います。そして最後に、機織りの道具である梭(ひ)とは横糸とする糸を巻いた管を舟形の胴部の空所に収めたもののことであり、これが機織女の女性の陰部(ほと)、つまり生命の生まれ出るところに刺さったとのことです。やまと言葉的解釈によると「ほと」とは「ほ」・・・火、「と」・・・場、とする聖なる場所を表す言葉だそうです。イザナミが最後に生み出した子は火の化身であり、それが「ほと」を焼きイザナミを死に至らしめてしまうお話は有名ですね。

このあとは有名な天岩戸のお話に繋がるわけですが、代田先生の今回のお話はここまででした。次回は7月13日13:30から高知大神宮にて開催されます。参加費は1,000円。ご興味のある方はぜひお越しくださいませ。

古事記とは関係ありませんが、代田先生は第16代仁徳天皇のお話もご披露されておりました。良いお話ですので紹介いたします。

仁徳天皇は5世紀前半に実在した方とされています。
仁徳天皇が即位されてから4年目、高台に登られて家々を見下ろされた時にどの竈(かまど)からも煙が出ていないことに気づかれます。これを受けて国民は苦しい生活をしているのだからと3年間年貢を免除することにしました。その間に、御衣服や宮殿はみずぼらしいものになってしまいましたが、そのままにしておいたということです。そして3年後に再び高台に登られたとき、あちこちの竈から煙が立ち込めていることを見届けます。その時に仁徳天皇は「朕はすでに富んだ。嬉ばしいことだ」と仰られます。

高き屋にのぼりて見れば煙けぶり立つ民のかまどはにぎはひにけり(新古707)

皇后陛下は不思議に思い、「私たちの住んでいる皇居の垣は崩れ、雨漏りもしているのに、どうして富んだといわれるのですか」と問われます。仁徳天皇は、「政事は民を本としなければならない。その民が富んでいるのだから、朕も富んだことになるのだ」とお答えになりました。そのころ、諸国の民より「宮殿は破れているのに、民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。もしこのまま、税を献じ、宮殿を修理させていただかないと、かえって天罰が下るでしょう」といった申し出がたびたび行われるようになります。さらに3年間の年貢の免除を行った後に、この言を受け入れて宮殿の修理をお許しになったそうです。

その後はともうしますと、「民、うながされずして材を運び簣(こ)を負い、日夜をいとわず力を尽くして争いを作る。いまだ幾ばくを経ずして宮殿ことごとく成りぬ。故に今に聖帝(ひじりのみかど)と称し奉る。みかど崩御ののちは、和泉国の百舌鳥野のみささぎに葬し奉る」ということで、日本最大の前方後円墳・百舌鳥耳原中陵がお墓が作られたのでした。

事程左様に仁徳天皇はじめ、初代の神武天皇以来、国民を「おおみたから」と呼び、大切にされました。天皇は国民を慈しみ、国民は天皇を敬愛する、天皇と国民は家族である。これが日本人が一貫して持ち続けた理想的日本の在り方です。このようなお話は、古事記、日本書紀、様々な和歌や歴史的事実等を通してだれでも知ることができますので、是非ともお勉強してみてください。

5月3日は何の日か?

今日は例年通り日本会議主催の日本国憲法について考える勉強会に参加。
過去、伊藤哲夫先生、百地章先生とそれぞれ大変刺激的なお話をいただいたわけですが、今回はさらに刺激的な口調と斬新な切り口でご講演くださいました、その講師の名は倉山満先生。

さて、今日は何の日かと聞かれれば、ちょっと気の利いた人ならば憲法記念日と答えるであろう。しかし倉山先生は違う。今日は5月3日なのでゴミの日であり、そのような日に悪臭漂うゴミのような日本国憲法をありがたく護持するやつらは最早病気なのだと言う。そのゴミのようなものを改憲したとしてもゴミはゴミなので断固受け入れられないとのこと。そもそも日本国憲法は、アメリカが日本を弱体化するために行った占領政策の一環の中で作られたものである。マッカーサーの落書きとも言えるようなもので、その前文の稚拙さは有名なもの、後生大事にするなど到底受け入れられるものではない。本来は改憲などではなく新憲法を制定(または旧帝国憲法からの改正)すべきだということだ。しかも先生に言わせれば、戦争でもおきない限り憲法改正させることはできないとのこと。その根拠は、日本国憲法にある誤植ですら今日までの間に直すことができなかったのだ、何をか言わんやとのことである。ぐうの音も出ない話である。

先生の言う誤植とは、日本国憲法第七条 四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。の部分を指している。気づかれただろうか?総選挙をするのは衆議院だけであって、参議院は過半数の改選を3年毎に行うことになっているからおかしいと。二年くらい前に読んだ本にこの誤植のことについて書かれていた。マッカーサーよろしくGHQによって一週間で作られた憲法ですからね・・・情けないことに戦後の憲法学者はこの誤植をはじめ、日本語として不自由ですらある日本国憲法をあれこれ解釈することで運用している。倉山先生曰く、こんな誤植はさっさと直すべきなのにそれすらできていない。私が護憲派であればさっさとこの誤植を理由に憲法改正を行って、日本人の意志によって改憲されたということをもって名実ともに日本の憲法にしてしまうとのこと。ゴミはゴミからはじまり大変興味深い示唆である。戦後レジームからの脱却を目的に行う憲法改正が実のところ日本を半永久的に戦後レジームに閉じ込めてしまうのではないか、と問われればそうなのだろうと思う。自国の歴史と文化の勉強を重ねれば重ねるほど、大日本帝国憲法を知れば知るほどその思いは強まるばかりだ。ようするに保守を名乗りながらも改憲というスタンスをとる時点で、日本とはどういう国か、その国を守り残していくために憲法は、運用はどうあるべきか、ということに真に思いを致すことができていないのではないかということである。戦後の憲法と教育の洗礼を十分に受けた人々にそれができるのであろうか。氏が少なく見積もって20年かかると言ったが、昨今の流れを見ていると一世代くらいあれば間に合うのかもしれない。問題はそれまでに起こるであろう有事を乗り越え続けられるかどうか。

他にもたくさん興味深いことを言っていた
例えば昨今集団的自衛権が問題になっているがこれが問題になっていること自体がおかしいと言う。なぜならば戦後日本において、在日米軍基地というかたちで集団的自衛権は行使され続けているのだから。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争といった代表的なものから、第二次世界大戦後アメリカが起こしたすべての戦争に日本は協力しているのである。ベトナム人民解放軍にとって、アメリカの兵站を支える在日米軍基地は脅威であり、その設置協力者である日本もまた敵である。裏で糸を引いているロシアが攻撃してこなかったのは僥倖と言うほかない。日本が国内的に集団的自衛権は行使していないと主張しても、外の世界ではまったく通らない話なのである。いや、あなた何度も行使してるでしょ、と・・・・

さて、書き続けているときりが無さそうなのでここらあたりでご容赦いただきたい。倉山先生のお話は大変勉強になった。ただ、あの会場に集まるような意識の高い人には問題ないのだが、何の予備知識のない人間には厳しいところがあるように思われる。そういった人々に対してどういう導入を設けるかが今後の課題、自分も勉強会を重ねてはいるがどうしても似たようなメンバーになりがちである。

倉山先生の新刊
帝国憲法の真実

もう一冊おすすめ 伊藤哲夫先生
明治憲法の真実

東京出張二日目

私としたことが不覚でした。東京出張一日目とタイトルを付けてしまったら、必然的に二日目を書かなくてはいけなくなるのでした・・・orz

午前中は空き時間を利用して東京都写真美術館へ。
東京にいた八年間、恵比寿ガーデンプレイスにそのような美術館があるとはつゆ知らず、目黒の寄生虫博物館なら知ってたんですけどね・・・

さて、目的の展示物は下岡蓮杖の写真。下岡蓮杖(1823-1914)は日本の写真撮影の開祖、黎明期ということもあって現像液の作成に大変苦労されたようです。
実のところ下岡蓮杖さんにはあまり興味がなくて、江戸時代末期から明治にかけて日常を捉えた写真を見たかったのです。ネットのアーカイブなどで見かける写真がそこかしこにありました。人間を被写体にした写真では、いずれの方もカメラに目線を向けていないのが印象的でした。その理由としては長時間目を開けていなければいけなかったからとか、構図的な問題だとか諸説あるようです。当初は興味があまりなかった下岡蓮杖さんですが、画家⇒写真家⇒画家(主に水墨画)のキャリアパスを知った時、ちょっと親近感を感じてしまいました。画家さんも長いことやってると写実に飽きてしまうようですからその類かなと。

午後は日本政策研究センターの30周年記念講演へ。
一つ目の講演は、NHK経営委員会のひとり、長谷川三千子先生による「戦後日本の『原点』とは何か」。戦後日本の原点をどこに求めれば良いか?と聞いて答えられるひとはそうそういないだろうと思う。ちょっとひねりが聞いている人ならば日本国憲法と答えるかもしれない。さらに左派の人ならばポツダム宣言や9条などと熱く語るやもしれない。そもそも戦後日本の原点という言葉自体が保守には受け入れがたいもので、首を傾げる人もいるかもしれない。しかし、戦後日本の原点は確かに存在していたのだ。それは世間一般には人間宣言で知られる昭和二十一年一月一日の昭和天皇による「年頭の詔書」だと長谷川先生は言う。

年頭の詔書
ここに新年を迎ふ。顧みれば明治天皇明治の初国是として五箇条の御誓文を下し給へり。曰く、
一、  広く会議を興し万機公論に決すへし
一、 上下心を一にして盛んに経綸を行ふへし
一、 官武一途庶民に至る迄各々其の志を遂け人心をして倦まさらしめんことを要す
一、 旧来の陋習を破り天地の公道に基づくへ
一、 智識を世界に求め大いに皇基を振起すへし
叡旨公明正大、また何をか加へん。朕はここに誓いを新たにして国運を開かんと欲す。

国是:国の基本方針、万機:天下の政治、公論:世間一般の意見、経綸:国家の政策、一途:一体、旧来の陋習:昔からの悪い習慣、皇基:天皇が国家を治める事業の基礎、振起:ふるいおこす、叡旨:天皇(ここでは明治天皇)の考え

年頭の詔書についての昭和天皇のお考えは昭和52年に明らかにされている。

記者「詔書(昭和21年の”新日本建設に関する詔書”)のはじめに五箇条の御誓文を入れられたのは、陛下ご自身のご希望でしょうか」

昭和天皇
「それが実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とか、そういうことは二の(次の)問題でした。当時、アメリカその他の諸外国の勢力が強く、日本が圧倒される心配があったので、民主主義を採用されたのは、明治天皇であって、日本の民主主義は決して輸入のものではないということを示す必要があった。日本の国民が誇りを忘れては非常に具合が悪いと思って、誇りを忘れさせないために、あの宣言を考えたのです。」

日本に生まれ、日本人の家長である天皇陛下と皇室を戴いていることに只々感謝。戦後日本の原点、確かに。と素直に受け入れられるお話でした。長い長い年月の間に変わるものもあれば変わらないものもあるのです。日本の良き伝統と文化は日本の未来のためにも守らなければいけません。

さて、ここで気になるのが「旧来の陋習」という部分。長谷川先生によるとこれは儒教のことを指しているとのこと、なるほどなるほど。本居宣長はじめ国学者による国学の台頭とともに儒教を忌避する流れが生じていた時代でもありますね。教育勅語作成にあたっても、井上毅は儒教色や宗教色を取り除く努力をしています。

二人目の講師は古森義久先生(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)による「日本の自立と安倍外交の課題」でした。古森先生が保守に転向するきっかけとなったベトナム戦争の経験のお話は大変興味深いものでした。古森先生は、ベトナム戦争当時は毎日新聞の記者で、御多分にもれず自虐的な歴史を教わったノンポリだったそうです。衝突の激しい地域に入って戦況をレポートするということが仕事だったということですが、そこで頭をガーンと殴られるような衝撃的な経験をしたとのことでした。自虐史を学んでいた彼としては、日本人は現地人に歓迎されないものと思い込んでいたそうですが、実際は全く逆の展開。現地で会ったお年寄りが言うのには、日本人は厳しかったが、大変優しく礼儀正しい人々であったとのこと。褒められるのが得意ではないわれわれとしてはこそばゆいお話ですね。

さて、その他興味深かった話として、当時反戦気運の高かった日本では、反アメリカ、北ベトナム解放軍寄りの報道が行われ、多くの日本国民がベトナム戦争を民族解放戦争として理解していたとのこと。しかし実際にはベトナム人による対共産主義の戦争であって、アメリカと協力し、必死に抵抗していたことを現地を見て回る中で理解したのだという。残念ながら戦況は芳しくなく、南ベトナム政府は敗北し殲滅させられることになったのでした。北の解放軍によって南ベトナム政府の官邸に「独立と自由より貴重なものはない」との横断幕が掲げられると、日本で「日本の平和教育」を受けてきた古森先生は、平和より尊いものがあると考える人々がいることに大変なカルチャーショックを感じたそうです。

首都サイゴン占領を報じる際には、「サイゴン解放」と「サイゴン陥落」の見出しのどちらが適当な表現かということで左派対右派の論争がしばらく続いたそうです。一応の決着を見たのは、旧南ベトナム政府寄りの立場を採っていた人々がその後国内で差別的な扱いを受けて国外脱出したことによるそうです。彼らはボート・ピープルと呼ばれ、200~300万人に達しました。

古森先生は、これらの経験から2つの誤りに気付いたという。
ひとつは日本の戦後教育の誤り、そして2つ目は自己矛盾していると前置きをしてマスコミの誤りとおっしゃいました。会場は当然笑いに包まれたわけですが、その世界にいた人のお話ですのでよくよく考えなければいけないお話ですね。ほかには平和に対する錯誤というものがあって、これらが相俟って今日の日本の国の歪みにつながっていると総括されていました。

お話の主旨は目新しいものではありませんでしたが、実体験の有無の差というものは大変大きなものだと改めて痛感させられました。

日本政策研究センターでは、『明日への選択』という月刊誌を発行しています。時事ネタなどについて自身のスタンスを明らかにする際に大変役立つ一冊ですので購読をおすすめします。

教育勅語原本が見つかる

日付をまたいでしまいましたので一昨日のことになりますが、文科省で教育勅語の原本が見つかったとの報道がありました。職員も存在を認知していなかったとのことで、そのような状況このタイミングで教育勅語の原本が発見されるとはサムシング・グレートじゃないですけど、何かしら兆しのようなものではないかと思われずにはいられないのです。

私が学生だった頃には学校では自虐史観いっぱいの教科書で日本史の教育が行われていました。教科書上で教育勅語という単語を見かけることはありましたが、その詳細な内容について解説を受けることは一切ありませんでした。ただ、その単語がでてくる文脈からは、近代日本人を洗脳するために積極的に利用されたもので大変よくない書物であるといったイメージを植え付けられたように記憶しています。あの頃は「国」とか「君が代」という言葉を出すこと、あるいは天下国家について論じることが憚られる、あるいは恥ずかしいとする風潮が蔓延していました。今の私が思い返せばとんでもない話だということになるのですが、当時はたしかにそのような空気が実在していたのです。

ただ幸いにして、大学時代の紆余曲折を経て自身で近代史を学び直すことができました。雷に打たれたような感覚・・・そういう表現を本などでは見かけることはありますが、まさか自身で体感する日が来るとは思いもよりませんでした。不鮮明・不明瞭であった日本近代史が輪郭を持ち、未完のジグゾーパズルにピースがはまっていく感覚。私達が日常や習慣、周囲の環境から感じる日本の姿と、学び直すことによって得られた近代日本史がきれいに繋がった時、ついに私は私が何者であるかを知り、ああようやく日本人になれたのだなと実感することができたことを今でも鮮明に記憶しています。翻って、それでは実感を得る前の私は何者だったのかと問うたならば、戦後を出発点に持つ新・日本人ともいうべき人種に分類されるのが適当なのだと思います。

さて、余談が過ぎました。私が教育勅語をきちんと学ぶことができたのは伊藤哲夫著の『教育勅語の真実』を読んだことがきっかけでした。それ以前にも解説書などを読んだことはあったのですが、平易な現代語訳はそれ以上でもそれ以下でもなく、世間一般に見ても良いことが書いてあるな程度の認識でした。しかし伊藤氏の教育勅語の真実は、教育勅語がつくられなければならなかった当時の時代背景、起草者である井上毅がどのように考えて作文をしたのか等についてページを割くものでした。そう、よくよく考えてみれば偶然はなくすべては必然であり、日本の教育の柱となった教育勅語ともあれば、それ相応の社会的背景を持って書かれたことは当たり前であり、そんな当然のことに思いを致さなかった自身の愚かさを深く恥じたものでした。同様の観点で見れば、古事記や神皇正統記、さらに国体の本義等は、国難の下にあってすべて書かれるべくして書かれたもののはずで、その背景を学ぶことは私達をとりまく今日的課題の解決方法を考える上でこの上なく役立つものであることは疑いようがないのです。

兎にも角にも、教育勅語の内容の素晴らしさはもちろんのこと、その起草段階および社会的背景をみなさんに知ってもらいたい、知っていただかなくてはならないとの思いから、平成25年の6月定例会には一般質問で教育勅語を取り上げました。議会にいらしゃった方々はじめ、CATVで視聴中の方にはいくらか伝わったかもしれませんが、もっともっと多くの方に是非手にとって思いを共有していただきたいものです。皆様方におかれましては、高知と日本の未来のために、ぜひ『教育勅語の真実』をご一読くださいますようお願い申し上げます。

長くなりましたが、今回の教育勅語の原本が見つかったことが、今後の企画展示などに結びつき、多くの方に教育勅語に触れていただける機会に繋がるのではないかと大変期待するところです。

一般質問を終えて

一般質問に傍聴にお越しくださいました皆様、誠にありがとうございました。

本当は予算委員会に立つ予定でしたが、イレギュラーな事情で一般質問に登壇しました。そうすると今年は年二回の登壇ですが、一昔前では新人にとって当たり前の光景だったようです。

さて、今回の国史に関する質問は、前回の教育勅語に関する質問に引き続きかなり気合を入れて行いました。答弁者として教育委員長と教育長を指名したものの、そこにこだわることなく思いの丈を県庁職員および県議会のメンバーみなさんに投げかけたつもりです。

これに関連した話をすれば、今日の予算委員会の某県議の某質問に、知事がつい『その件については40ページを割いて云々』と言っていたのを印象深く聞いてしまいました。私も今回の国史のお話をするにあたり、いくつかの書籍にあたり自分なりに一生懸命まとめたつもりです。しかし質問時間は有限ですので本当に言いたいことがあるとすればその輪郭しかお話できていません。またその受け取られ方は受け手側で様々ですから、議場にいる方の2,3人にでも私の言いたいことが伝われば良いのかなという覚悟はありました。

そのような思いの中で前述の知事の発言を聞いた時、なるほどやはり人に伝えるのは難しいですよね・・・抽象的内容であればなおさらですね、などと勝手に感慨にふけったものでした。この手のお話を質問にするのは今回で最後かなと考えていたのですが、そこまで難しいということであればかえって燃えてくるのが私の性。周りから逐条解説に移るように言われていたので、シリーズとして続けてみようかと思います。

具体の質問内容については近日中に動画と原稿を上げる予定ですのでそちらをご確認いただければと思います。

勉強会開催のお知らせ

私主催の勉強会を下記詳細にて開催致します。
直前のご案内で申し訳ないのですが、ご興味ある方はぜひいらしてください。

テーマ: 日本の神話~古事記について
日時:平成26年1月26日10:30
場所:県民文化ホール 第9多目的室準備室 4F → 1F
参加費:無料

以前より参加している古事記勉強会に触発されました。
古事記の中身よりも古事記と今日の我々との接点について中心的に触れ、
残りの時間を原文の解釈に充てたいと思います。

 

古事記といえば神話、神話といえばお伽話程度の認識の人がほとんどであろと思います。勉強会に参加するまで私自身も不十分な認識でした。古事記は712年に編纂され、千数百年の時を経て今日に脈々と伝え残されています。つまり、古事記に向き合ったそれぞれの時代の人々が、伝え残さなくてはいけないと感じ、懸命にそうするだけの理由がここにはあるということを意味しています。しかし、果たして今日にはその片鱗にすら触れる機会がないというのはいかがなものでしょうか。古事記勉強会に回を重ねて参加する中でその思いは強い確信へと変わり、自分にできることをとこのたびの勉強会を開催するに至った次第です。

つたない講師ではありますが、日本のご先祖さまの遺言とも言える古事記に触れることを通して、日本の良さを再発見するお手伝いができれば幸いです。

新年明けましておめでとうございます

本年も宜しくお願い申し上げます。

昨年もあっという間の一年でした。特に記憶に残っているものとしては
・参議院選挙
・アベノミクス
・半沢直樹
・再生可能エネルギー視察
・砕氷船しらせ
・CLT社宅視察
・古事記勉強会

あたりでしょうか。といっても後半リストしたものは定期的に開催していたり年の暮れにあった出来事なので忘れるはずもないものと言うべきなのかもしれません。

さて、今年も波乱の年となりそうです。特に隣国の動向や国内で言えば消費税の引上げ後の景気が気になります。消費税のもたらす影響については様々な研究論文が寄せられていますが、財務省寄りのものが採用されているようです。御用論文というのはサイエンス分野だけじゃないんですよね。

閑話休題。今年入っての年初の大ニュースといえば、安倍総理の靖国参拝があげられるでしょう。当たり前のことがようやく叶ったということで、嬉しい半面こんなことで一喜一憂しなければならない現状に大変残念な思いがします。国のために命をささげた英霊の御前で、なぜ私的・公的参拝の区別で騒がなくてはいけないのか。政教分離の本来の目的は信教の自由を確保するためであって参拝の在り方に口を挟むためのものではないと思うのですが・・・

そういえば、今回の参拝に際しては中国で(官製)デモが発生しませんでしたね。このカードを切った場合、デメリットの方が上回ると判断したのでしょう。国内経済成長率が低下傾向に進んでいますので、党は人民の暴発を抑えるので手一杯なのでしょうか。

インテリジェンス系の人が書いた本には、新聞を読むコツは行間を読むことだと書かれていました。記事そのものがなかったという点において、デモの一件などはその最たる例なのではないでしょうか。