トランプ大統領から、INF全廃条約脱退方針が発表された。
結論から申しますと、このたびの脱退は、対露問題を起点としつつもほとんど中国を念頭に置いた行動と思われる。事実そのような主旨の米政府見解も報道されている。
さて、INF全廃条約とはなんぞや?という方もいらっしゃると思いますのでそのあたりから背景を含めて説明する。
議論の大前提として相互確証破壊という概念を押さえておく必要がある。
核戦略に関する概念で、核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が相手に対し戦略核兵器を使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し、報復を行うことにより、一方が核兵器を使えば最終的に双方が必ず破滅する、という状態のことを指す。(はてなキーワードより)
したがって、
理論上、相互確証破壊が成立した2ヶ国間で核戦争を含む直接的な軍事的衝突は発生しない。(ウィキペディアより)
とされている。冷戦中、日本やNATOの国々は、この概念の下に米国の提供する核の傘に守られてきた事実がある。
次に肝心のINFについて。INFとは中距離核戦力、つまり射程500-5500kmの核弾頭搭載中距離ミサイルを指す。
なぜINFが全廃されることになったのか?それはかつて、ソ連が他国に先駆けてTELタイプ(輸送起立発射機)の核弾頭搭載型の中距離弾道ミサイル(SS-20)を開発したためだ。長距離弾道ミサイルは、自身を格納するための巨大サイロを必要とするため、秘匿性が低く発射基地の特定が容易という問題点を有する。一方中距離弾道ミサイル搭載のTELタイプは、北朝鮮で話題になったように、比較的小型で移動が可能なため事前に発射を把握することが極めて難しい。このタイプの発射装置を複数用意されると、そのすべてを発射阻止あるいは迎撃することは極めて困難である。
事程左様に、核弾頭搭載型の中距離弾道ミサイルSS-20の登場によって、日本や欧州は核ミサイル攻撃を防ぐ手立てを事実上失ってしまい、アメリカの提供する核の傘の有効性について疑義を挟まざるを得なくなったのである。
そこで、アメリカとソ連の間で締結されたのが、現在話題となっているINF全廃条約である。本条約によって、1991年、射程500-5500kmの核弾頭搭載中距離ミサイルは両国より姿を消した(はず?)。
(ここで疑問を覚える人もいるだろう。INF全廃条約を締結したとしても、長距離弾道ミサイルの出力を落とせば条約を形骸化してしまうのではないか?と。
物事には前後があってそしてその答えがあった。
INF全廃条約が検討される以前より、長距離弾道ミサイルについては、両国の同意の下にすでに網掛けが行われており、保有数が制限されていた。加えて、同ミサイルは、前述のように発射基地が特定されており比較的対処しやすいと考えられていた。
そこに網のかかっていない中距離が誕生したので新たに対応しなければならなくなったのである。)
ここから報道内容に従えば、ロシアが新たにCSS-8という核搭載可能な中距離の巡航ミサイル・システムを開発したことにアメリカが反発し、今回の事態に至ったということだ。
ロシアは事実無根だと言っているが、お隣の中国が核搭載の中距離弾道ミサイルを多数配備し、相互確証破壊が成立しないアンバランスな状態を放置し続けることにロシアが耐えられるはずがない。
また、このアンバランスな状態は日本にも、そして核の傘を提供するアメリカにも無関係ではない。これから中国を封じ込めると決めた国々にとってみれば、核戦力のアンバランスが引きを起こしうるかもしれない最悪の悲劇は、早急に対処しなければならない問題なのである。
中国との間にINF全廃条約を期待するのは無理筋。だからこそ、中国との間に相互確証破壊を成立させなければならないとの考えに至るのも、アメリカにとって自然な流れと思われる。
次に想起される疑問は、アメリカ製の核弾頭搭載可能な中距離弾道ミサイルがどこに配備されるのかというもの。
一連の問題の余波は日本にどんな波風を立てるのだろうか?今後の展開をよくよく見守りたい。
本件について、上述より遥かに詳しい専門家のページがあったのでご紹介。