雑感:昨年を振り返って

本来ならば昨年中に書いておくべき記事ですが筆不精だけあって今日までかかった次第です。
本サイトの読者の皆様、改めまして今年もよろしくお願い致します。

さて、昨年の印象的なできごとは何かと聞かれれば、集団的自衛権行使に関する内閣の解釈変更がまっさきに挙げられます。自衛隊が発足した日と同じ、7月1日に閣議決定されたと記憶しております。これについては過去に関連記事をあげましたので省略

つぎに本県を襲った集中豪雨。私の住まう一宮地域しなね川もあわや決壊直前まで水嵩が増しました。土佐山のがけ崩れなどの直接的被害だけでなく、観光、農業、漁業などの様々な分野において間接的経済的被害が生じました。とはいえ他県と比較すると被害は比較的小規模であり、その原因を探れば先人による公共投資の賜物であることがわかります。異常気象という言葉が使われすぎて、いったいどのあたりから異常なのかわからなくなってしまったこのごろですが、もし異常事態が起きているのであるとすれば、その原因が温暖化現象由来なのか、それとも実は間氷期から氷期に移行しつつあることに求められるのか、個人的には大変気になります。

次に水素化社会の到来。燃料電池の普及によって水素化社会が訪れるとは昨今の新聞・報道等でよく目にするところです。詳細については前に記事にしてありますのでそちらをご覧ください。あとは優秀な二次電池が開発されれば・・・

次に最新の住宅建築事情。これは世間一般のニュースというよりは個人的興味に属するお話です。とりあえず建てるというステージから、耐震性、さらにはリフォームなどと業界もいろいろと工夫を重ねてきました。最近では長期優良住宅、さらには省エネ、健康省エネとさらに変化を遂げました。省エネの流れを受けて、住宅の断熱性・気密性が高まりました。最新の住宅に行ってみると、冬場にもかかわらず廊下と今の温度がほとんど変わりないことに驚かされます。とあるモデルルームではたった一台のエアコンで一階全体の温度をコントロールしていました。一方で気密性の高さゆえの副作用もあって、建築途中で使われた接着剤や溶剤などに含まれる化学物質が住人に健康被害をもたらすということで社会問題にもなりました。現在はこの問題に対処するために室内換気システムを導入することとされています。この換気システムにも一工夫あって、室内の湿度や温度を一定に保つことのできるものもあるそうです。

次にSTAP細胞。一連の騒動を知らないものはいないでしょう。非常に注目度の高い分野においてこのような騒動が起きたことは大変残念でなりません。見方を変えれば、注目度が高いからこそこれほど騒動になったともいえるかもしれませんね。自分が大学院で研究していたころの経験からいうと、iPSはじめ関連研究はリスクが高いと見做されて、しばらくは後進の研究者が続かないかもしれません。世界に遅れをとるようなことになりませんように・・・

次に整備新幹線の試算。高知をはじめ四国に新幹線を引いた場合のコストは?採算とれるのか?そういったことについて検討が行われました。今のスケジュールのままですと実際に走り始めるのは40年先のようです・・・

ほかにもあったかもしれませんが、すぐに思いついたものを並べてみました。

 

最後に12月23日、天皇誕生日を祝う高知県民の会で行われたオ・ソンファ(呉善花 )先生の講演をご紹介したいと思います。彼女は日本に30年ほど滞在をしている大の親日家であり、その筋に詳しい人ならば著書もいくつか手に取られたこともあるでしょう。昨年には母国の韓国に親日的であるという理由で入国拒否されたことでも有名な方です。

話のテーマは日本と韓国の違いについて。私の感じた結論から言うと、なかなかわかりあえないということがよく理解できました。彼女によると、日本と韓国にまたがる昨今の歴史・領土問題については話し合いによって歩み寄りのできる点を探るべきだと声が日本の自称識者から寄せられるが、そのようなことは意味がないとのこと。その根本の原因は風土・歴史・文化とそれらによってはぐくまれた精神性に求められるのだという。

たとえば日本人が自然との調和を大切にし、そこからはぐくまれたワビ・サビ、もののあはれという感覚を持つ。

一方韓国人は、歴史上常に大国と隣接してきたこと、厳しい自然環境、儒教の強い影響等を受けて「恨(ハン)」の精神を持つのだという。

ハンとはwikiによると朝鮮文化における思考様式の一つで、感情的なしこりや、痛恨、悲哀、無常観をさす朝鮮語の概念とのこと。ハンが形成された背景には行き過ぎた上下関係とその関係を維持するための行き過ぎた儒教が存在している。こういったことから、韓国人は完全性、完全なる美しさにこだわるのだという。その典型が、韓国で蔓延する整形ブームにあらわれている。

日本との比較で言えば、秋の落葉を迎えた一本の木を前にして、日本人ならばものさみしさを感じ、はかなさやうつろいやすさに感動するところ、韓国人ならば縁起の悪いもの、汚いものとして忌避するのである。だからというべきか韓国では造花が大変好まれる。完全美でなくてはいけないのでる。

また、完全性を好む韓国人は、日本人にはとうてい受け入れがたい、理解しがたい気性を有する。それは自分たちの完全性がゆるぎないものであるために、自分たちには一切の非がない、あってはならないとする気性である。そのような彼らに都合の悪いことが降りかかれば、その原因はいついかなるときも外部、他者に求められるのである。

したがって韓国が日本に対して歴史的・領土的いちゃもんや、それに関する謝罪を要求する場合、彼らは心底自身の正しさを信じているし、たとえ間違いがあったとしてもそれを認めることは絶対にありえない。果たして、彼らと妥協点を見出すための交渉をすることにどれほどの意味があるだろうかと思わずにはいられない。彼らにとって外部に常に悪者がいることは都合が良く、その意味において日本は大変良い受け皿であり、またたとえどんな謝罪をしようとも未来永劫(万が一非があるとすれば)赦されることはないのである。

この彼らの性格と韓国のイ・ミョンバク大統領もたらされた事件は無関係ではない。彼らの求める完全性、完全なる美をそなえつつ、韓国人を導く存在こそが大統領でなくてはならない。韓国人にとって、かつてイ・ミョンバクはこのうえなく美しく清い聖女とも言える存在であった。その彼女の不倫情報を産経新聞韓国支局がすっぱ抜いたのだからこれを許すはずがない。自身の清らかさ否定するものが現れたならば、それは韓国社会の在り方から言って、彼女の政治生命に致命傷を与えるものとなる。だから彼女はいかなる手段を用いても産経新聞韓国支局を屈服させなければならなかった。

なるほど、今まで不可解であった韓国人の挙動について納得できるお話ばかりである。こういった韓国人論が世間一般に認知され、お互いにわかりあえないことがわかれば、二国間の様々な課題は、感傷論・感情論を抜きにして利害だけを基準にした純粋な外交交渉として処理することができるようになるかもしれない。

最後にオ・ソンファ先生はどのようにして親日的になりえたかというお話。彼女が言うのには、一般的な韓国人留学生は、滞在3年目にして、日本のことが理解できなくなり、母国に帰り日本を否定的な論調で語るようになるのだと言う。1年目は日本人の親切さ、街の清潔さなどたくさんの目新しい要素にすっかり魅せられる。2年、3年と日本語を解し、ある程度日本の文化に深く触れるようになったときに、母国の文化とのギャップに驚き悩まされる。たとえば日本人は、外部の人間から会社に電話がかかってきた場合、上司に対する問い合わせであっても、身内には決して尊敬語を使うことはない。「○○は不在です」しかし、徹底した儒教国家の韓国では、上司はや身内は絶対に敬うべき存在なのである。電話では「○○社長はいらっしゃいません」と対応することになる。ほかにも脱いだ靴をどのように揃えるかという点にも違いがある。日本人は脱いだ靴のかかと側を屋内に向けて揃え直すのがマナーである。韓国ではつま先を屋内に向けるのが一般的で、かかと側を屋内に向けて揃えるものがいるとすればそれは家人で、来訪者にできるだけ早く帰ってもらいたいことをほのめかすためのサインだ。多くの韓国人が日本でないがしろにされていると感じてしまうのである。我々も彼らのことを自身の文化の延長線上で計ることにより、わかったような気、わかりあえるような気になるが、そのぎゃくもまたしかりということである。韓国人もようは彼らの文化的尺度の延長線上において日本人の振る舞いを解釈してしまう。

オ・ソンファ先生も、3年目には日本を失意のうちに立ち去り、ヨーロッパに退避をする。しかし、もう一度日本を訪ねた際に、韓国内で培われた日本に対する常識、偏見ともいうべきものを完全に捨て去り、さらには自国の常識すらも持ち出すことなく、あるがままを理解するよう努めることとした。そうする中で、日本の自然・風土によってはぐくまれた文化や歴史、そこに育まれた日本人の精神性を理解し、愛するようになったとのことである。

彼女の使命は、母国の韓国人に正しい日本理解をしてもらうことと言っていた。大変ありがたい話であると思う反面、彼女の本が韓国で韓国語にて発売される日がいつか来るのだろうかと、悩ましい気持ちにもなる。

takazumi について

前高知県議会議員(高知市選挙区) 誕生日: 昭和56年5月14日 出生地: 吾川郡旧吾北村
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